2026年9月5〜6日
まだ見ぬ日本の蝶に会いに行った、幸せにあふれた2日間をつづろうと思う。

前日は、これまでで一番というくらい気分が落ち込んでいた。
病院へ行った方がいいんじゃないかと思うほどで、夜もあまり眠れない。本当に無事に遠征へ行けるのか。不安を抱えたまま眠りについた。
翌朝は4時30分に起床。眠たい中で支度をして、名古屋駅へ向かった。
昨日のモヤモヤは少し残っている。でも、調子は悪くない。
サンドイッチとコーヒーを買って、新幹線に乗り込んだ。
最初の1時間ほど眠ったあと、スマホに入れてあった、昨年読んだ小説をもう一度読み始めた。
図鑑制作という、人生で一番重い大仕事を終えたあと。
自分がここまで調子を崩した理由の一つは、ネットを触りすぎたことだったんじゃないかと思う。
もともと僕は、元気なときでさえSNSや動画を長く見ていると、ひどく疲れて気分まで落ち込んでしまう。それなのに、疲れ切っていたこの時期は、いつも以上に長い時間ネットを見ていた。
だから今日はネットにつながず、一つの世界に没入してみよう。
そう思って小説を読み進めた。
これが本当に良かった。
気づけば心はずいぶん落ち着いていた。清々しい気分のまま時間が過ぎ、博多駅に到着した。
憧れのタイワンツバメシジミを探して
予約していたレンタカーを借り、この2日間をご一緒する蝶仲間のぱっくんさんを迎えに空港へ向かう。
1か月半ぶりの再会。
さっそく長崎県へ車を走らせた。
道中のコンビニでは、佐賀名物のブラックモンブランを食べた。話が盛り上がり、あっという間に3時間。

今回の目的地へ到着した。
台風が近づいていたためか、9月初旬なのに気温は25℃ほど。ほとんど汗をかかない、快適な気温だった。
ただ、福岡ではほとんど吹いていなかった風が、ここではずっと吹き荒れている。
少し肌寒いくらいだ。
今回の目的は、タイワンツバメシジミ。
知る人ぞ知る、通好みの小さな蝶だ。
出会える時期も場所も非常に限られていて、成虫が見られるのは、おおむね8月末から9月前半にかけてのわずかな期間。
かつては南西諸島や四国などにも生息地が知られていたが、現在、国内では九州のごく限られた地域に生息地が残されている。
僕はこれまで、日本の蝶の9割近くを実際に現地へ足を運んで撮影してきた。
タイワンツバメシジミは、その中でもまだ見ぬ憧れの蝶だった。
この時期に九州へ、この蝶一点を狙って来なければ、なかなか会えない。
少し覚悟のいる蝶なのだ。
しかも出発前、蝶仲間の方から、
「先週は4人で探して、たった1頭しか見つけられず……」
という知らせが届いていた。
今回は、本当に空振りするかもしれない。
僕とぱっくんさんは遠征運がかなり良く、これまで二人で蝶を探しに行って空振りすることはほとんどなかった。
でも今回はダメかもしれない。
そんなことを思いながら、生息地へ歩いて入った。
開始1分、いた!!!
そこは木々に囲まれた、明るい荒れ地の草むらだった。
こんなところに、あの蝶がいるのか。
そう思いながら足を踏み入れる。
すると――。
チラチラと、小さな青い蝶が飛んでいる!
「きむちゃん、いたよ!」
ぱっくんさんからも声が聞こえた。
開始1分。
何頭ものタイワンツバメシジミに会えてしまった。

背景に映る丸い葉っぱが、食草のシバハギ!
あれだけ心配していたのに、想像以上にあっけない出会いだった。
実物を見てまず驚いたのは、その小ささ。
そして、身近なツバメシジミとは少し違う動きや、実際に暮らしている環境も印象的だった。
図鑑を読んでいたときには「草原に暮らす蝶」というイメージを持っていたが、少なくとも今回訪れた場所は、僕には「荒れ地の草むら」と表現したくなるような環境だった。
しかし、ここからが本番だった。
タイワンツバメシジミ。
撮影が、めちゃくちゃ難しい。
小さな体でチラチラと飛び回り、止まるのは胸ほどの高さまで茂った草の、そのさらに下。
草むらの中にできた低い空間へ、潜り込むように止まることが多かった。
慎重にカメラを近づける。
逃げる。
また追う。
今度こそ、と近づく。
周囲の草に触れてしまう。
揺れに気づかれて、また飛んでいく。
その繰り返しだった。
しかも、もう一つ難題があった。
鱗粉や毛のそろった、新鮮でピカピカの個体がなかなか見つからない。
2日間で20頭弱には出会えたと思う。
その中で、特に美しい状態の個体は3〜4頭ほどだった。
草むらの中へ頻繁に潜り込む姿を見ていると、こうした環境も翅の傷みやすさに関係しているのだろうか、と想像した。
そして何時間も歩き続けた末に、ようやく美しい個体を間近で見た。
その質感と存在感に息を呑んだ。
厚みを感じるほど密に並んだ鱗粉。
細長く伸びた尾状突起。
そして、鮮やかで目を引く橙色の斑紋。
思わずうっとりする。
こんなに小さな翅の中に詰め込まれた造形美に、しばらく釘付けになった。

複眼に白い毛のようなものがついていてかわいい♡

どこが違うかわかりますか?
ただ、風は相変わらず強い。
細い尾状突起が風にあおられ、右へ左へと揺れる。
写真に収めようとすると、この尾状突起まで美しく写すのが意外なほど難しかった。
そして一度飛び立つと、ほぼ確実に見失う。
小さな体が突風に乗り、一瞬で視界から消えてしまうのだ。
気づけば夕方になっていた。

このようにして、草むらの中の入り組んだ場所に身を潜めていることが多かった。
せっかくもう一つ生息地を教えていただいていたので、最後にそちらへ向かった。
そこは農地の林縁にある小さな草地。
ここもまた、少し荒れた草むらのような環境だった。
時刻は17時30分を過ぎていたが、狭い草地の中を数頭のタイワンツバメシジミがチラチラと飛んでいる。
しかし、全然止まらない。
こちらが入れない場所へ飛んでしまい、ここでは写真を撮ることができなかった。
日没が近づいてきた。
「明日の朝は、最初の場所へ行こう!」
二人でそう決めて、宿へ向かった。
海辺の町で祝杯
今回泊まったのは、生息地の情報を教えてくださった九州の蝶仲間の方がおすすめしてくれた宿。
部屋からは長崎の海と港が見えた。
ちょうど夕暮れ。
窓を開けると、涼しい海風が部屋へ入ってくる。
一息ついたら、今度は祝杯だ。
満席のお店が多い中、たどり着いたのは焼き鳥や干物を食べられる居酒屋だった。
アジのみりん干し、イサキの刺身、豚足。
そして、アゴ――トビウオの干物を初めて食べた。
こんなに旨味が凝縮された魚があるのか、と驚いた。
トビウオの骨が口の中に刺さって、その後数日取れなかったのも、今となってはいい思い出だ。

骨つきカルビとアゴの干物
帰り際には地元の方とも話した。
「ここで育って刺身には飽きたけど、トビウオの刺身だけは今でも格別にうまい。絶対食べて!」
そんな話をしてくれたのが印象に残っている。
宿へ戻ると、建物の下にまだ飲めるお店があった。
ノリで二人で入ってみる。
隣の席の人とぱっくんさんの腕時計がまったく同じだったり、魚にものすごく詳しい方がいたり。
地元の人たちとワイワイ話しているうちに、
「ああ、旅をしているな」
と、すごく嬉しい気持ちになった。
かなりお酒を飲んで部屋へ戻ると、ぱっくんさんは即爆睡。
僕も支度を済ませて、布団に入った。
前日のどん底の気分が嘘みたいだった。
頭も体も幸せでいっぱいで、思わず笑ってしまう。
窓を開けたまま横になると、秋の虫の声と涼しい海風が部屋へ入ってきた。
こんなに幸せな眠りは、なかなかないなあ。
そう思いながら眠りについた。
翌朝、もう一度あの草むらへ
6時30分ごろ起床。
支度をして、昨日の草むらへ向かった。
空は今日も厚い雲に覆われ、昨日と同じように強い風が吹いている。
昨日の時点で、オスもメスも、翅を閉じた美しい姿は撮影できていた。
残る課題は、翅を開いた姿だ。
「さすがに朝一番は開くんじゃない?」
そんなことを話しながら探してみる。
ところが、7〜9時ごろのタイワンツバメシジミは、前日の夕方とよく似た動きをしていた。
深い草むらの中に身を潜め、時折チラチラと飛ぶ程度。
十数頭はこの草むらにいるはずなのに、一度に何頭も見える瞬間もあれば、数十分まったく姿を見つけられないこともある。
なんだか不思議な蝶だ。
9時30分ごろ。
行動が変わった。
花を訪れる個体が目につくようになったのだ。
ミゾソバのかわいい花。
小さな紫色の花。
マメ科の黄色い花。
小さなタイワンツバメシジミが、あちらこちらで蜜を吸っている。

この組み合わせが可愛くてお気に入り!
ただ、撮影はやっぱり難しい。
ちょこちょこと歩き回って、体の向きを変える。
しかも、状態のいい個体にはなかなか会えない。
ずっと探して撮影していたのに、花に止まる姿をきれいに撮れた写真は、ほんのわずかだった。
そのとき。
ぱっくんさんが声を上げた。
「開いた!!!」
ついに、翅を開いたタイワンツバメシジミに立ち会うことができた。

曇天に強風。
少なくともこの日は、なかなか翅を開いてくれなかった。
その後も美しいオスやメスの開翅を狙ったものの、思い描いていた一枚は撮れなかった。
ちょっと悔しい。
でも、これもまた残りの人生の楽しみだ。
旅の最後まで蝶を追いかけて
10時30分。
そろそろ福岡方面へ移動しなければならない。
タイワンツバメシジミに別れを告げ、3時間ほど車を走らせる。
途中の昼食は、二人とも意見が一致した。
「牧のうどん」に行こう。
前から食べてみたかった、福岡周辺で親しまれているうどん屋さんだ。
山の方にある店舗だったが、広い駐車場はほぼ満車。中へ入ると昔ながらの活気があって、それだけで元気になる。
ごぼ天肉うどん、コロッケ、かしわ飯を注文。
あっという間にうどんがやってきて、なぜか一緒にやかんを渡された。
うどんがどんどん汁を吸うので、追加のだしが入っているらしい。
食べてみる。
うまい!!!
少し甘く優しいだしに、味の染みた肉とごぼ天。
コシのない柔らかな麺が汁を吸って、これが本当においしい。

ゴボ天肉うどんとカシワ飯を注文!
しかも、食べても食べても減らない。
普通サイズなのに、二人とも大満腹になった。
その後、福岡の沿岸部へ向かう1時間半、僕らは延々と牧のうどんの感想を言い合っていた。
二人とも、すっかりファンになってしまった。
さあ、最後の蝶活。
福岡の沿岸部では、クロツバメシジミを狙う。
ここにも帽子が飛ばされそうなほどの強風が吹いていた。
限られた時間で探し回り、ようやく少し飛び古したクロツバメシジミに出会えたものの、満足のいく写真は撮れなかった。
ほかには、絶滅危惧種のシルビアシジミの姿も。
ソテツの周辺では、数え切れないほどのクロマダラソテツシジミが舞っていた。



楽しい時間は、本当にあっという間だ。
博多へ戻ってレンタカーを返し、空港へ向かった。
お土産を買って、旅の最後のイベント。
先月、中国地方へゴマシジミを見に行ったときにご一緒した田中さんが、ちょうど空港へ到着する予定だった。
最後に3人でご飯を食べた。
田中さんおすすめのお店で頼んだのは、チキン南蛮の上に明太子が乗った、破壊力抜群の定食。
頭が真っ白になるくらいおいしい。
ボリュームもすごい。

博多明太チキン南蛮!
最後の最後まで、最高の旅だった。
時間になり、ぱっくんさんは搭乗口へ。
田中さんと僕は電車に乗った。
博多駅で田中さんとも別れ、新幹線に乗る。
相当疲れていたらしい。
座席に着くと、そのまま2時間近く爆睡した。
図鑑制作を終えて、2か月。
燃え尽きてしまって、蝶の発信にも執筆にも、まったく手をつけられなかった。
これからちゃんと生活していけるのか。
そんな不安まであった。
でも、この旅で蝶を追いかけた。
ぱっくんさんや田中さんと笑った。
知らない土地の人たちと話した。
おいしいものを食べた。
そして、ずっと会いたかった蝶に会えた。
帰るころには、
「今度こそ、回復できそうだ」
と思えるくらい、前を向いていた。
そして翌日。
忘れないうちにこの旅を書き留め、撮った写真を眺めた。
そうして今、こうしてWEBサイトに旅の記事を載せることができている。
焦らず。
でも、着実に。
やっぱり蝶々は最高だ。
タイワンツバメシジミについてこちらでまとめました!ツバメシジミとの違いも掲載しています↓

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